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「ラジオを聴きながら」
ラジオを聴きながら、私の主人は手紙を書いている。私はそれを、いつものように窓枠の上に身体を丸めて見ている。
アナログ放送終了とかを機に、主人はテレビを見るのをやめた。かわりにいつもラジオがついている。必要があればケータイの地デジがあるからいいのだと、彼女はいう。たしかにそうだろう。私は前から、にんげんがなぜあのような箱に映る、うるさく動く絵を熱心に見るのか、よくわからなかった。テレビを見るのをやめた主人は、すこし猫にちかづいたような気がして、私はうれしい。
手紙を書きながら、私の主人はまた泣いている。
回収業者がテレビを運びだしていったとき、主人はほっとしたような顔をした。彼女がテレビを憎んでいるのを私は知っていた。テレビはあの日以来、何度も海が押し寄せるのを映し出し、いまになっても隙をみてその映像を流そうとする。
彼はあの海のむこうに消えた。その海は私の生まれた場所だ。
われわれはだれかが先にいっても泣いたりはしない。その時が必ずやってくることは知っているし、泣いてもその事実が変わるわけではないことを知っているからだ。私にもその時は必ずやってくる。ほぼ間違いなく、私は主人より先にあちらに行くだろう。
私がいなくなったら主人はまた泣くだろうか。たぶん泣くのだろう。にんげんは猫よりずっと長く生きるせいで、死に対しておろかになりすぎている。死が遠くにあるせいで、死がどういうものなのかわからなくなっている。
私がここに、この主人の家にやってくる前は、あの海の街で生まれ、しばらく暮らした。彼が私を主人に引きあわせ、ここにやってきた。
彼は海の仕事をしていて、家は海べりにあった。その家のことはいまでもよく覚えている。古い家で、建ってからもう七十年もたっているという。その家が建つ前はそのあたりにはなにもなかったのだとも。そのあたりにはただ海岸があり、波が打ちよせ、風が吹きつけるだけだった。
いまでも波は打ちよせ、風が吹きつけているだろう。カモメが風に逆らって長く伸ばした羽をひらひらさせながら、細長い声をあげているだろう。浜昼顔や月見草が風になびき、アブが羽音を立てて飛んでいるだろう。水平線の向こうからやってきた雲は、ゆっくりと近づき、やがて山の向こうに流れていくだろう。
日が沈み、星が出るだろう。ペルセウス座の方角に流れ星が生まれ、そしてまたすぐに消えていくだろう。
彼の生も死も、私の生も死も、主人の生も死も、みなおなじことなのだ。それは海と風と星のなかにある。
そんなこともわからない主人は、届かない彼への手紙を書きながら、涙を流している。私はただそんな彼女をだまって見つめている。
ラジオからは聴いたことのない音楽が、この部屋と世界をつなぐゆりかごのように、静かに流れてくる。