ベニテングタケ子の好奇心

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   ベニテングタケ子の好奇心

                         水城ゆう

       1

 あたしはおそれているのです、あの子のことを。たしかにあたしの娘であるからには、次々と男をとっかえひっかえ渡りあるく性癖も理解できようというものですが、それにしてもあの子にはどこか、あたしとは決定的にちがうところがあります。
 もちろんそれは「ベニテングタケ」のせいにちがいありません。
 あたしが生まれたミジュリシュカヤフスタニントン村にはふるくから男たちだけのあいだにつたわる奇妙な風習があって、それはベニテングタケが採れるとそれを三日間天日干しにしたあと、こまかく砕き、アルコール度数九八パーセントのアクアヴィットにつけこんで一年おいたベニテングタケ酒を、祭りのときに回し飲みするというものです。男たちはアルコールとベニテングタケの幻覚成分で神様と交信し、翌年の収穫を占うというのですが、実際にはただいい気分になって女たちとまぐわうにすぎません。
 聞いたところでは男の絶頂は女のそれに比べて十分の一とか二十分の一しかよいものではないらしいではありませんか。なんとも気の毒ですが、ベニテングタケ酒を飲むと全身がものすごく敏感になって女とおなじくらいあれがよいものになるというのです。
 ならば、女があれのときにベニテングタケ酒を飲んだらどうなるんでしょう。
 あたしはそのときまだ十九で好奇心のかたまりでしたし、男といたすことについてもいまほど慣れきってはいませんでした。その日のあたしの相手はあたしよりひとつ年下の、まだそれまでに二度しか交わりをもったことのないハタケシメジ夫でした。彼が部屋にしのんでくる夜中の約束の時刻のすこし前、あたしは父や祖父がベニテングタケ酒を大切にしまってある地下室にしのびこみました。地下室の奥の、鍵がかかる棚にベニテングタケ酒がしまってあるのですが、あたしはその鍵がどこにあるのか知っていたのです。
 あたしは瓶からベニテングタケ酒をひと口、ふた口飲み、急いで部屋にもどりました。あたしの身体は火がついたように熱くなり、あそこも心臓がそこに移動したのではないかと思えるほどドキンドキンと脈打ってうずいていました。
 あとで思えば、そのときにあの子があたしのお腹に宿ったのです。

       2

 私のことをまるでいまにも重大犯罪を犯す者であるかのように母が警戒したまなざしで見ていることは知っている。実際、私が関係を持った相手の名前も素性もそのほとんどを母は把握しているはずだ。しかし、そのこと自体は犯罪とは関係がない。私自身、犯罪をおかすつもりなど毛頭ないのだ。
 しかし、私には、好奇心、がある。
 どうしようもなく押さえきれない、肥大しきった好奇心。
 もし男のふくれあがってベニテングタケ化したあそこを切りとって食べたらどんな味がするのであろうか。
 私が寝た男は、全員、あそこがベニテングタケ化する。

       3

 最初に気づいたのは二年前のことでした。ということは、あの子は十七だったということです。
 そして今日、仕事が早めに終わって、いつもより早い時間に家にもどってみると、あの日とおなじように気配がありました。あの子だけでなく、だれか来ている気配があったのです。あたしはとっさに息をひそめ、そっと家のなかにはいりました。
 あの子の部屋から物音と人の声が聞こえてきました。そう、あたしにはすっかりなじみのある、男と女のひめやかな声と気配。最初のときも、まだ十七のあの子が自分の部屋に男を連れこみ、コトにおよんでいることを、あたしは意外に冷静に受けとめていました。なにしろ、あたしもそのくらいの年ごろにはすでに何人か知っていたからです。ましてや時代が時代ですもの、十七のあの子は遅いくらいです。そして今日、それを当然のように受けとめながらも、あたしはどうしようか、身を持てあまして、なんとなくぼんやりと居間にたたずんでおりました。あの子の部屋からは男女の声が高まったり低まったりしながら、断続的に聞こえてきます。いつもより早い時間に帰ってきてしまった自分を後悔しはじめていました。そこであたしは、いったん家を出ようと思って、玄関に引き返そうとしました。
 そのときです。
 ひときわ声が高まったかと思うと、家具がぶつかる音がし、さらに声が異常なほどに高まりました。それはまるで、死の恐怖に接した人間がいまわの際に発するような、恐怖の叫びに似たようなすさまじい声でした。あの子の声ではなく、あきらかに男のほうの声です。
 あたしはびっくりして立ちすくみました。それはあたしですら聞いたこともない、快楽を極めたときの男の絶頂の声だったのです。

       4

 私が生まれたミジュリシュカヤフスタニントン村の風習では、男たちはベニテングタケ酒を飲んで女とまじわり、翌年の収穫をうらなうという。ベニテングタケ酒を接種した上での交接は、男たちにも神に接近する至福をもたらし、未来予兆ができるという話だが、真偽のほどは疑わしい。男たちが大きな快楽を手にいれるためにそのような儀式を捏造したのではないかと、私は疑っている。
 しかし、私と合体した男は間違いなく、本物の至福を得ることができる。私の身体はベニテングタケ酒を凌駕する快感を男に注ぎこみ、ときには発狂にいたる者すらある。
 たいていの場合、快感のあまり、最後の瞬間に接合したまま男たちは失神する。しばらくたつと、ようやく力を失って私のなかからどろりと抜けだすのだが、それはベニテングタケそのものに変化している。失神から回復すると、男たちはそれを股間に抱えたまま私のもとを去っていくのだが、その後それがどうなったのかは私にはわからない。その後、ふたたび私のもとにあらわれた男はひとりもいないし、だれひとり連絡がつかなくなってしまうからだ。
 私のなかから現れたベニテングタケは、見るからに毒々しくおいしそうだ。私はそれをしばしば口にふくんでみたが、それは私と男の体液の味しかしなかった。しかし、表面ではなく、それそのものを味わってみたとき、どのような味がするのか。
 私の好奇心はふくらみつづけるばかりだ。

       5

 そのあとすぐにあの子の部屋のドアが開きました。あたしは家を出るタイミングをうしなってしまいました。
 ドアから出てきたのは、あの子ではなく、ひとりの男でした。彼はなにも身にまとっていませんでした。だからあたしは見てしまったのです。男の股間からニュッと生え、丸く傘を張って毒々しく色づいたベニテングタケを。
 それはあきらかに男性の肉体ではなく、完全にキン類(キン類のキンはばい菌の菌ですお間違えなく)のそれでした。二〇センチもあろうかという茎の部分はほとんど真っ白、丸く張りだした傘は基本色が朱色がかった赤、そして白いイボが点在しています。
 娘を懐妊したとき、あたしは心配になっていろいろと調べたから知っているんですが、毒きのことされるベニテングタケの毒性はおもにイボテン酸、ムッシモール、ムスカリンなどで、じつはそう強い毒性ではありません。イボテン酸などは大変おいしい旨味成分なので、食べればとてもおいしいきのこなのです。たくさん食べれば中毒症状を起こすこともありますが。
 だから少々なら食べられるのです。そしていまこの男の股間に生えたきのこも、ぬらぬらと男女の体液にまみれ、いかにも食べてくれと訴えているかのようでした。

       6

 私は母にそれを切除し、ふたりで食べてみようと提案した。

       7

 あたしはキッチンから包丁を持ってきました。これを切りとって食べようと、娘から提案されたからです。それはとても魅力的な提案でした。それを実行することで、あたしと娘とのきずなも深くなるはずでした。
 しかし、このベニテングタケを切り取ることは、はたしてベニテングタケを切ることになるのか、それとも男の肉体の一部を切り取ることになるのか。
 あたしがこれを切り取ると、男はどうなるのか。
 そして、いままで娘と関係した数々の男たちは、いったいどうなってしまったのか。いまどこでなにをしているのか。

       8

 私は包丁を手にしたまま、おびえた視線を私に向けている母を見た。
 母は私の目に、強大な好奇心を見ているはずだ。
 私はかんがえている。この男のベニテングタケを食することで、私はいったいどうなるのだろう。ひょっとして私の生命が受胎したその瞬間からはじまっていた巨大なメタモルフォーゼの最終段階に到達するのではないか。そのとき、私はいったい、何者になるのだろう。
 きのこの女王かもしれない。

(おわり)

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