木漏れ日のなかで
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木漏れ日のなかで
水城ゆう
木漏れ日のなかでちらちらと変化する赤の色彩がゆっくりとこちらにやってくるのを見つけ、私はおどろいて立ちどまった。いつもあの子がここを通るのを知ってはいたけれど、偶然こうやって出くわしてみると、不意をつかれたように胸がたかなる。
あの子に見つからないように、木立の影に身を隠す。頭にかぶった赤い布に反射する光が不規則に動くのは、彼女が右を見たり左を見たりしながらゆっくりと歩いているせいらしい。ふらふらしているわけではなく、なにか目的を持った動きだ。私はすぐに彼女の目的を理解した。
ちょうど私の真正面、森のなかを通る小径が私の隠れている木立にいちばん近くなっているあたりで、彼女は歩みをとめ、その場にしゃがみこんだ。そこは木立がまばらになり、ちょっとした緑の広場のようになっている場所だった。夏の朝の太陽が明るく差しこむ場所に、少女がまるくしゃがみこみ、草のなかに手をのばしている。
そのようすを私はうっとりとながめた。
半分おとなになりかけた少女の存在のうつくしさといったら、どんなものにもたとえようがない。あの衣服の下にはふくらみはじめ、いままさに開こうとする花のようなからだがある。
私にもおなじようなときがあった。自分のことながら不思議な思いで自分のからだをまさぐったり、愛撫してみたものだが、あの子もきっとそうしていることだろう。私はその姿をいつも想像する。想像しながら、この熟れきったからだをなぐさめる。
あの子が私にたいし、あこがれに似た熱をおびた視線を送ってくることに、私はちゃんと気づいている。そういう年齢だ。成熟したものへの強いあこがれがあることを私は知っている。
村人たちは四つ歳上の漁師のピョートルに彼女が気があるといって、ことあるごとにからかったりするが、あの子はピョートルなどに関心はない。男にたいして怖れはあっても、まだ止めようがない磁力を感じたりはしていない。それを感じているのは、私にたいしてなのだ。
木立の陰から目をこらし、彼女が野いちごをつんでかごに入れているようすを見つめた。思わず荒くなったこちらの呼吸の音が聞こえやしないかと、あわてて口をすぼめる。動悸と息づかいのたかまりとともに、自分の身体の奥がねっとりと熱く燃えはじめるのを、私は感じている。
森のなかでも何か所かよく日のあたる場所があって、この季節、たくさんの野いちごが採れる。あたしがたくさん摘んで帰ると、おばあちゃんはそれをジャムにしてくれる。おばあちゃんのおいしいジャム。大好き。
赤い実が緑の葉っぱのあいだにいくつも見える。よく熟しているものを選び、実をつぶさないように気をつけながら指先で折りとり、かごにいれる。まだ青白いものもあるので、それはまた何日かしてから収穫しよう。
こうやって森にひとりでやってくるのも好きだ。おばあちゃんの家で本を読んだりするのも好きだけど、外のほうが好き。でも、村のまわりにはいつもだれか知った人がいて、なにやかやと話しかけられるのが面倒だ。とくにピョートルのことでからかわれるのは嫌。絶対に嫌。彼のことなんかなんとも思っちゃいないし、人が見ているとわかるとねじくれた髪を指でつまんでくるくると回しはじめるあの手つきが気持ちわるい。気持ちわるくて目をそらすのに、みんなは私が恥ずかしがっているのだと思いこんでいる。ピョートルもそう思っているにちがいない。
いいんだ、カーミラのおばさんに守ってもらうんだ。なぜかおばさんなら私がピョートルなんかなんとも思っていないことをちゃんとわかってくれているような気がする。そんな話はしたこともないけど、そんな気がする。おばさんがあたしを見る目は、なにもかもわかっている人の目だ。
あたしはカーミラのおばさんが好き。あたしもああいう大人になりたい。きれいで色っぽくて、でもつよくて男の人も気安く寄りつけない感じ。
一度でいいからおばさんにぎゅってしてもらいたい。あの大きな胸に顔をうめて、いやなことを全部聞いてもらって、思いきり泣けたら、死んだっていい。あたしの身体をよしよししてくれるおばさんの手を想像すると、あたしの身体は暖かくなって、柔らかくなって、でも奥のほうはきゅってなって、とけてしまうみたいになる。
かごのなかが野いちごでだいぶいっぱいになったのが見える。あの子はそろそろ立ちあがって帰りかけるだろう。
私は決意して立ちあがり、木立の陰から出た。今日こそあの子を手にいれるのだ。今日をおいてチャンスはない。なんとか理由をつけてあの子をこの場にとどまらせ、先回りして祖母の家に行く。まずは祖母を片付け、それからあの子を私ひとりのものにする。
私が近づいていくと、あの子も私に気づき、赤い頭巾の下から私をまっすぐに見た。その目に、隠しがたい喜びの色が浮かぶのを、私はたしかに見た。
作る必要もなく私にも喜びの笑みが生まれた。
両手を差し出せば、そのままこちらの胸に飛びこんできそうだ、と私は思った。