子どものころの七つの話「二 川に流された妹の話」

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  子どものころの七つの話「二 川に流された妹の話」
                            作・水城ゆう

 うちの前には大きな河が流れていて、うちは堤防の下に建っていた。
 いまでこそその河は上流にダムができて、水流はちょろちょろと少なくなってしまい、しかも生活排水が周辺から流れこむものだからどぶ川のようになってしまったが、私が子どものころはとうとうと青黒い水がながれる立派な河だった。
 しかし、いまから書く妹が流された話は、その河のことではない。河の堤防の下に建っている私の家の前に、小さな用水路のような川が流れていた。これはたぶん、堤防を作るときに大河《おおかわ》の支流を残して、うまく生活用水として使えるように整備したものだろう。幅が一メートルくらいで、石垣を積んでふちがくずれないようにしてあった。
 ところどころに石垣をえぐって石段が作られていて、そこで洗濯をしたり水をくんだりできるようになっていた。
 小さな川とはいえ、水はしっかりと流れていて、深さはたぶん三、四〇センチはあったろう。私はよくその川に裸足ではいって、カワニナやトンボのヤゴをつかまえたりして遊んでいた。
 妹は私と四歳はなれていて、それはたぶん私が五歳くらいのときだったから、まだ歩きはじめて間もないころの事件だった。私がその川べりで遊んでいると、突然母が聞いたこともないような悲鳴をあげた。なにごとかと見ると、
「もと子が、もと子が流されてる!」
 と、川のへりで半狂乱になっている。あわてて駆けつけると、たしかに私の妹が川に沈んで、仰向きになったまま流されている。水面下に見える妹の顔はなにごともないかのように目も口もあいたまま、空を見上げている。
 母が川べりにはいつくばって妹を水の下から引っ張りあげようとしたが、妹の身体は川をまたぐ小さな橋の下にくぐりはいってしまった。
 騒ぎを聞きつけて、たまたま近くにいた私の叔父、つまり母の弟がかけつけてきた。叔父は二十歳すぎの頑健な若者で、さすがに機敏だった。そのままずぶりと川に飛びこむと、流れのなかに立って、橋の下から出てきた妹の身体をすぐにざっぷりと引っぱりあげた。大量の水しぶきをまき散らしながら、妹は川べりへ引きあげられた。
 妹は息をしていなかった。意識があるのかどうか、たっぷりと水をのんでいることはまちがいない。
 叔父が妹の足首をつかんでさかさまにぶらさげた。そして上下に振りながら背中をばんばんと叩きはじめた。
 すぐに妹の口から大量の水が吐きだされ、やがて咳きこみながら弱々しい泣き声が聞こえてきた。ああよかった、生き返ったんだな、と私は思った。
 その事件は私にも衝撃的で、とくに目と口をあいたまま仰向けに流されていく妹の顔は印象的だった。そして数日後、私も川に流されてみることにした。大河で赤ん坊のころから遊んでいたせいで、私は水遊びが好きだった。水がこわいということもない。石段から川にはいると、息をとめて流れに身体を乗せてみた。
 流れは意外に速く、私の身体はあっという間に運ばれていった。顔をあげると、目の前に黒く口をあけた暗渠《あんきょ》の入口が見えた。そういえば、川は私の家の前からすこし行ったところで暗渠のなかへと消えていて、その先がどこにつながっているのか知らないのだった。
 あわてて川から出ようとしたが、水流は強く、立ちあがることができなかった。私はそのまま真っ暗な暗渠のなかへと呑みこまれてしまった。
 そのあとのことの記憶はいまだにない。

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