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「舞踏病の女」
作・水城ゆう
飛んでいる象に人が乗っているプリント柄の服を着て、あなたは踊りつづけている。
回遊魚が泳ぎつづけるように、息をするのも忘れてあなたは踊りつづける。
もちろん息はしているのだけれど、その息すらも踊りの一部であるかのようにあなたは踊る。
時間さえあればあなたは踊っている。
仕事の合間の休み時間にも、通勤中にも、家に帰ってからも。
だれもいない会議室で、プラットフォームで、トイレで、湯船のなかで。
キッチンで洗い物をしながら、あなたはステップを踏む。
調子がいいときも悪いときも、風邪ぎみのときも花粉症のときも。
重い病気にかかって入院していたときも、あなたは横になったまま踊りを夢想しつづけていたし、実際に身体はわずかに動いていたかもしれない。
医師や看護婦や見舞い人に気づかれないほどかすかにではあったけれど。
わたしはあなたのようには踊れないけれど、あなたを見ているうちに私も踊っているのかもしれない、ということに気づいた。
足が悪くてあなたのようにステップは踏めないけれど、わたしは踊っている。
ありがとう、わたしに気づかせてくれて。
ありがとう、あなたのおかげで私もダンサーになれた。
あなたにとって歩くことは踊ること。
わたしにとっても歩くことは踊ること。
あなたにとって座るのは踊ること。
わたしにとっても座るのは踊ること。
傘をさしたり、バッグを肩にかけたり、眼鏡をずりあげたり、クラリネットを吹いたり、あなたのおかげでいつもわたしは踊れるようになった。
ご飯を食べるとき、あなたの箸がおどる。
ご飯を食べるとき、わたしの箸がおどる。
茶碗が踊る。
ナイフとフォークが踊る。
顎と歯が踊る。
あなたと話すとき、あなたの唇が踊る。
あなたと話すとき、わたしの唇が踊る。
舌が踊る。
顔面が踊る。
象が空を飛ぶことを夢見るように、わたしもあなたも華麗なステップの時間を夢想している。
わたしたちは踊ることに取りつかれた女。
あなたもわたしも舞踏病の女。
踊らずには生きていけない女。